落合昭彦の「好きです!もりおか」

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zoom RSS 盛岡・開運橋の別名「二度泣き橋」の真相

<<   作成日時 : 2015/02/08 19:40   >>

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 盛岡市が街の財産を見つめなおし発信していくため、「盛岡ブランド」を宣言したのが平成18年。その盛岡ブランドを考えるイベントが、盛岡ブランドフォーラムです。

 私は個人的な興味もあって、なるべくこのフォーラムの日はスケジュールをあけるようにしているのですが、今日は最後までいられない日程でした。

 それでも盛岡の玄関口、北上川にかかる開運橋の別名「二度泣き橋」の名づけの親が講演するということで、前半だけでもと、あわただしく参加してきたのでした。
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 フォーラムは、いつものように盛岡ブランドに貢献した「もりおか暮らし物語賞」の表彰式から始まり、タウン誌「街もりおか」の斎藤純編集長など3組が、表彰状を受け取りました。

 そしていよいよ、「名づけ親」の元日銀・盛岡事務所長、古江和雄さんの基調講演。古江さんは、平成3年から3年間、盛岡で過ごしたということで、まずは盛岡歴スタートの一致にビックリ!
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 そして話が「二度泣き橋」の真相に及ぶと、意外な話にさらにビックリ!
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 開運橋は、もともと当時の石井県令(知事)の私費で建設され、通行する人から1回1銭を徴収していたのですが、古江さんはその事実を聞いた時「往復で2度お金を払わされ、庶民が二度泣く橋」と感じたことからその名前を思いついたということ。つまり最初はいい意味ではなかったんですね・・・!

 でも、そんな話を語り継いでも仕方がないということで、考えた古江さんは、ご自分の盛岡への愛着もイメージしながら「転勤族のあいだの話」という物語を考え、現在の意味(=着任時は、何て寒くさびしい所へ来たのかと泣き、再び転勤する際に、それまでの盛岡生活での人情や思い出に再度泣く)を広めていったそうなんです。

 私も東京出身というヨソ者ですが、たまたま転職してきた盛岡を気に入った人間の1人として、今回20年ぶりに盛岡を訪ねたという古江さんの話には、大いに共感しました。

 私自身もこの24年の盛岡生活で、さまざまなことを体験し、「物語」が生まれています。これからも古江さんのように、盛岡や岩手のよさを広く発信していくことが、自分にとっては大事なミッションというか、ライフワークになりそうだな・・・と思いながら会場をあとにしたのでした。

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