落合昭彦の「好きです!もりおか」

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zoom RSS 渡辺敏男さんを偲ぶ会

<<   作成日時 : 2017/04/15 22:40   >>

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 取材で知り合ってから約20年になるでしょうか。東京出身のアイ・ターンの先輩としても親しみを感じていた建築家の渡辺敏男さんが急逝したのはことし1月のこと・・・。きょう、渡辺さんのライフワークとも言うべき町家の街並が残る町、盛岡市鉈屋町で開かれた「偲ぶ会」は、私にとっては当然参列すべきものとして、小雨降る中、出かけて行ったのでした。
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 渡辺さんは、武蔵野美術大学から建築設計の道に進み、70年代後半には20代で、あの「渋谷109」界隈のプロジェクトチーム・サブチーフを務めるという偉業を成し遂げています。

 私同様、盛岡に来たきっかけも自分の活躍の場を求めての偶然の積み重ねだったようです。でも、そこからが私とは全然違うところ!
 こちらに来てからは、繁華街の再開発ビルをはじめ、岩手大学の旧高等農林の建物、日比谷公会堂と同じ人が設計した岩手県公会堂の改修、第九十銀行(現・賢治&啄木青春館)の改修などなど数えきれないほどの公共建築物の改修・設計に携わっていらっしゃいました。

 私が初めて取材でお話したのは、1994年の岩手大学の高等農林(賢治も学んだ現農学部校舎)の改修だったかと記憶していますが、その後も「街づくり」の観点から地域にとけこみ、鉈屋町のにぎわいを取り戻すことに奔走されていたことが昨日のことのように思い出されます。

 2010年には「全国町並みゼミ盛岡大会」を成功させ、その後、東日本大震災がありながらも、全国の関係者に盛岡の「財産」の豊かさをアピールできたのは、ひとえに渡辺さんのお力あればこそだったと思います。

 きょうの「偲ぶ会」では、スライドや映像で在りし日の渡辺さんを振り返ったほか、計8人の「縁の人」が送る言葉を発表しました。

 その中で、私と同じアイ・ターン者にもかかわらず、渡辺さんがいかに多くの地元人に信頼されていたかを痛感することになりました。

 さあ、これからです・・・。私には何ができるか?考えてみたいと思います。
 多くのことを教わった渡辺さんのためにも、盛岡のため、岩手のためにできることを考えていきます。

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