もっきり屋ユリさんの急逝・・・
その店は、盛岡でも江戸時代の町家の面影を残す鉈屋町という地区の中心にあります。
こうじ屋・酒屋の入り口をくぐると、奥にもう1つの暖簾がかかっていて、くぐるとそこは、飲んべ達の天国。
盛岡で言う「もっきり屋」(一杯飲み屋、角打ち)が現れるのです。
お店の名は「細重(ほそじゅう)」。そこの名物ばあちゃんがユリさん(享年92)でした・・・
東京出身の私にとっては、今は南部杜氏をやっているユリさんの孫娘に紹介されたのがきっかけで初めてその暖簾をくぐると、常連さんたちの厳しい目が・・・!今でも忘れません。
ユリさんの堂々とした常連さんのあしらいや、町家ならではの重厚な伝統建築の中で一杯やる心地よさに魅了されて、私はほどなく「細重」の大ファンになりました。ユリさんのしゃべる方言の何とも言えない柔らかさ、温かさは、私が岩手の方言を「岩手言葉」として研究するきっかけになりました・・・。
以来、ニュースキャスターだった私は、ユリさんを主人公にしたテレビの企画を作ったり、知人・友人・後輩を連れてきては得意げにユリさんや常連に紹介したり・・・。
でも、数ヵ月お店に来る期間があくと、私を見てユリさんは必ず言ったものでした・・・「あれ?落合さん、東京に転勤したんでしょ?きょうは出張なの?」と。それを聞いて常連さんは、ニヤニヤして「また転勤させられたな!落合さん」と言ったものでした。
最後にお店に行けたのは・・・いつだったかな・・・去年だったかもしれません。
写真は去年の2月、盛岡に講演で来ていた「酒場放浪記」の俳人、吉田類さんが来た時のもの。
プリントされた写真を撮ったものなのでちょっとお見苦しい感じですが、お店の和やかな雰囲気はわかっていただけると思います。そして、もう1枚は私がその時に撮ったユリさんのアップ・・・・・。
どうです?この貫禄。思わず従いたくなるでしょう?
あすの火葬を前に見せていただいたユリさんの表情は、記憶にあるものよりも遙かに痩せていましたが、その様子はまるで眠っているような感じで、私はますます亡くなったことが実感できなくなってしまいました。
ユリさん、もしも起きたらまたニュースの取材の時のように一緒に早朝散歩しましょうね!
私の夢の中で、ユリさんはきっと起きてくれるような気がしています。
それまで、どうぞゆっくりと休んでください・・・
こうじ屋・酒屋の入り口をくぐると、奥にもう1つの暖簾がかかっていて、くぐるとそこは、飲んべ達の天国。
盛岡で言う「もっきり屋」(一杯飲み屋、角打ち)が現れるのです。
お店の名は「細重(ほそじゅう)」。そこの名物ばあちゃんがユリさん(享年92)でした・・・
東京出身の私にとっては、今は南部杜氏をやっているユリさんの孫娘に紹介されたのがきっかけで初めてその暖簾をくぐると、常連さんたちの厳しい目が・・・!今でも忘れません。
ユリさんの堂々とした常連さんのあしらいや、町家ならではの重厚な伝統建築の中で一杯やる心地よさに魅了されて、私はほどなく「細重」の大ファンになりました。ユリさんのしゃべる方言の何とも言えない柔らかさ、温かさは、私が岩手の方言を「岩手言葉」として研究するきっかけになりました・・・。
以来、ニュースキャスターだった私は、ユリさんを主人公にしたテレビの企画を作ったり、知人・友人・後輩を連れてきては得意げにユリさんや常連に紹介したり・・・。
でも、数ヵ月お店に来る期間があくと、私を見てユリさんは必ず言ったものでした・・・「あれ?落合さん、東京に転勤したんでしょ?きょうは出張なの?」と。それを聞いて常連さんは、ニヤニヤして「また転勤させられたな!落合さん」と言ったものでした。
最後にお店に行けたのは・・・いつだったかな・・・去年だったかもしれません。
写真は去年の2月、盛岡に講演で来ていた「酒場放浪記」の俳人、吉田類さんが来た時のもの。
プリントされた写真を撮ったものなのでちょっとお見苦しい感じですが、お店の和やかな雰囲気はわかっていただけると思います。そして、もう1枚は私がその時に撮ったユリさんのアップ・・・・・。
どうです?この貫禄。思わず従いたくなるでしょう?
あすの火葬を前に見せていただいたユリさんの表情は、記憶にあるものよりも遙かに痩せていましたが、その様子はまるで眠っているような感じで、私はますます亡くなったことが実感できなくなってしまいました。
ユリさん、もしも起きたらまたニュースの取材の時のように一緒に早朝散歩しましょうね!
私の夢の中で、ユリさんはきっと起きてくれるような気がしています。
それまで、どうぞゆっくりと休んでください・・・
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