落合昭彦の「好きです!もりおか」

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zoom RSS 「ただようまなびや 文学の学校 岩手分校2014」断章その1

<<   作成日時 : 2014/11/02 20:19   >>

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 10月下旬の土日に、2日間だけ岩手で開校された「ただようまなびや」という言葉と文学のイベントに、司会スタッフとして関わらせてもらったことは先に記しました。
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 このイベントは、私の前職の後輩が中心となって、去年福島ではじまった取り組みを紫波町に招致したものです。私も後輩の熱意に動かされる形で関わることになったんですが、出演者やスタッフなど多くの人との出会いを伴う、素晴らしいイベントだったと思います。

 その素晴らしさを、1回のブログでまとめるのはとても無理です。私はこれから何回かに分けて、「断章」として伝えていきたいと思います。理路整然とした論理的なまとめはしません。私の言葉の端々から何かを感じていただければ幸いです。

 どんなイベントにも目的があるはずです。今回の「ただようまなびや」の場合は、テーマが「言葉にできること」でした。福島県出身の人気作家、古川日出男さんが、被災地のために何かできないかと企画したのがきっかけだそうです。

 今回、初日の大スタジオでの「授業」は、その古川さんと、翻訳家の柴田元幸さん、そして「あまちゃん」の音楽でおなじみの大友良英さん、3人による鼎談でした。言葉を扱う柴田さんはともかく、古川さんと音楽家の大友さんは、どんな接点が作れるんだろう?と疑問に思っていました。
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 でも大友さんが「音楽の譜面はメディア。もともとは譜面のない音楽の方が多いんです」と言った時、ピンときました。「そうか・・・本もメディアだから、譜面と共通点があるんだ!」と・・・。

 大友さんは続く授業で、言語学者、田中克彦の岩波新書「ことばと国家」を引用しながら、音楽にも、言葉と同じ差別の構造があるという論旨を語っていました。

 私たちが普段何気なく使う言葉にも、実は見方によって大きな問題点が潜んでいるということがあらためて実感できたのです。

 こんなに生きた「国語の授業」があるでしょうか!?
 音楽家も含めて、日頃から言葉に向き合っている人間が講師を務めるからこその生き生きした授業・・・。

 私は、この方法論は「文学」だけでなく、「教育」や「放送」、「道徳」など、様々なジャンルの学びに応用できるのではないかと確信しました。
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 大きな自治体に先駆けて、こうしたイベントを招致した紫波町、紫波図書館の判断がまた素晴らしいです。
 全国各地から集まった「生徒」に対して、スタッフの皆さんも実に気持ち良く対応していました。
 岩手で初の「ただようまなびや」が、紫波町で開けて心から良かったと思いました・・・

 断章1は、このへんで筆を置きます。
 

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